99 の「はたらく」言葉。アーカイブ
2013 年から 2014 年にかけて全国のパルコで開催されたほぼ日主催の「はたらきたい展。」で配布された、99 の「はたらく」言葉。をウェブ上で再現したアーカイブページです。
スマートフォンなどでは、横にスワイプすることで「はたらく」言葉。の裏側を観ることができます。
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01
アイデアとは
複数の問題を一気に解決するものである。
宮本茂(任天堂)
02
やりはじめないと、やる気は出ません。
脳の側坐核が活動すると
やる気が出るのですが、側坐核は、
何かをやりはじめないと活動しないので。
池谷裕二(脳科学者)
03
500年くらい続いてるわけです。
とらやさんは。
今の「難しい時代」が「100年に1回」だとしたら、
とらやさんは、こういう時代を
すでに、4回も5回も乗り越えてきてるわけです。
とらや500年の「厚み」って、すさまじいですよ。
小田豊(六花亭製薬㈱代表取締役社長)
04
失敗しても気にせず
成功するまで続けたら、
それは、成功するしかないですよね。
ぼくは、そうやってきました。
関野吉晴(探検家・医師)
05
なにかで迷ったときには
「昔の自分がかっこいいと思ってた大人」
を思い出せばいい。
二十歳のころの自分が理想としてた大人って
どんなだったっけって思うと、もう、すぐ解決する。
奈良美智(アーティスト)
06
それって、そもそもなんなの?
と考えれば、だいたい「答え」は出ますね。
佐藤可士和(グラフィックデザイナー)
07
飽きられたら
勇気を持ってやめて
新しい企画を考えなきゃダメです。
加地倫三(テレビ朝日系『アメトーク』演出・プロデューサー)
08
傾向と対策。
それほどつまんないものはないよね。
たとえばさ、「渋谷ギャルにはこういう傾向にあるから、
こんな商品が売れます!」とか、人のこと調査して
企画書にしてそれどおりに何かつくるっていうやつ!
そんなんじゃ、よろこんでもらえるわけないじゃん。
祖父江慎(ブックデザイナー)
09
ジャーナリストになりたかったら
これまでは「国」と「媒体」を選ぶのがふつうでした。
日本で新聞記者になりたい、
オランダでラジオの仕事をしたい、というふうに。
でも、これからは特定のトピックやテーマの専門家になって国を超え、あらゆる媒体を使って
情報を発信していくことになるんじゃないでしょうか。
ヨリス・ライエンダイク(ジャーナリスト)
10
写真を大切に思うのは
当たり前なんです。
写真フィルムメーカーの人間だから。
だけど被災地では、本当にたくさんの人が、
流されて汚れた写真を拾ってきて、一生懸命に洗って、
どうにかして、きれいにしようとしていた。
その姿を見ていたら「写真って、大切でしょう?」って
逆に教えてもらった…… そんな感じがしました。
吉村英紀(富士フイルム)
11
宇宙の研究はたしかに重要ですが、
まあ、生きてく上では「どうでもいいこと」だとも言える。
でも、大いなるロマンを感じるじゃないですか。
そんなことなんですよね。
僕らのやってることって、つまり。
阪本成一(天文学者)
12
僕らの世界は、厳しいんですよ。
だから俺、息子ができたら、店に入れたいですね。
手っ取り早いですから。
「いろんなものが、よく見えるよ」と。
「人間関係がよーく見えるから」って。
零士(ホスト)
13
桑田 (真澄投手) は
高校時代からずっと、自分の1日の過ごしかた、
練習方法、何を食べて何時に起きて、何時に寝て、
今日は何をした……ぜんぶ控えていました。
そのノートを見たとき、
「こいつにはもう、一言も言うまい」と思いました。
名前(仕事)
14
やめたほうがいいんじゃないかしら
と言っているのに、
しつこくやってる子がいい踊りを踊っています。
小松原庸子(ダンサー)
15
マンネリでもいい。
何でもいいからとにかく続けていると、
また、何か開けてくるんです。
脇坂克二(テキスタイル・デザイナー)
16
国を司る人に喧嘩をふっかけるとき
「ちょっと怖いなぁ」と思ってしまったら、
いつも、あの村のお母さんのことを思い出すんです。
希望のない生活を強いられているとは、どういうことか。
それを思ったら、相手が誰でも喧嘩をふっかけます。
西水美恵子(元世界銀行副総裁)
17
10 歳のとき、
はじめて鈴鹿に行きました。
そこで、アイルトン・セナを見たんです。
あのときの衝撃を
ずっと忘れられないまま、今日まで来た感じです。
佐藤琢磨(レーシングドライバー)
18
間違いなく回ってくるんだ。
「打席」は。
徳光和夫(アナウンサー)
19
100 パーセント、ウケる落語家なんか
いないんですよね。
春風亭昇太(落語家)
20
お客さんに訊かれたことから
すべてが、はじまります。
こういうことを求められるんだな、
こういうことに悩んでるんだな、ということがわかります。
それらはみんな、仕事の「答え」ですよね。
佐伯チズ(美・生活アドバイザー)
21
今から考えたってわかりゃしないよ。
結果は結果だ。
結果にこだわるから何もできなくなる。
それがいちばん愚劣なことなんだ。
岡本太郎(芸術家)
22
数学ができるようになるには
当たり前のことを馬鹿にせず、省略せずに、
順番に書く練習ができるかどうか、にかかっています。
新井紀子(数学者)
23
とうちゃん、
味噌・醤油代、稼いできます。
糸井伊丹さんは、大きい意味で「オレが食わせてあげる」という、生活力のある人に見えます。 宮本昭和8年生まれですから、すごい時代だったと思います。 糸井そうですよね。宮本だって、出かけるときに子どもたちにかけていた言葉は、「とうちゃん、味噌醤油代、稼いできます」ですから。 糸井そこだ! 宮本子どもたちは「いってらっしゃーい。味噌醤油代、おねがいしまーす」と言ってましたよ。
宮本信子(女優・伊丹十三記念館館長)
24
したくない仕事しか来ないんです。
でも、運は、そこにしかない。
萩本欽一(コメディアン)
25
ただ、スジを引くだけではないです。
わたくしは一貫して、埼京川越線の混雑緩和を
自らの使命として、掲げてまいりました。そして、
朝通勤の時間帯に 26 本の列車を入れるため、埼京線を担当してから 9 年に及んだ池袋駅の工事完成を見たとき、
ようやく、同線の混雑を緩和できたと
自分自身を納得させることが出来ました。
三井倉昭夫(JR東日本 スジ屋)
26
わたしたちは、
地図を作ることしかできません。
しかし、わたしたちは
だれよりも詳しく、地図をつくることができます。
そうすることで
東北復興の役に立てればという気持ちがあります。
坂本卓也(株式会社ゼンリン 地図調査スタッフ)
27
ウェイトレスをやるのって芸術よ。
バレリーナのようにも感じるわ。
たくさんのテーブルや椅子のあいだを通るんだもの……。
私がいつもやせたままでいるのはそんなせいね。
私流に椅子のあいだを通り抜ける。誰もできやしないわ。
そよ風のように通り抜けるのよ。
もしフォークを落とすとするでしょ。
それをとるのにも格好があるのよ。
いかにきれいに私がそれをひろうかを客は見てるわ。
私は舞台の上にいるのよ。
ドロレス・デイント(ウェイトレス / スタッズ・ターケル『仕事!』より)
28
こういう「かんなくず」が
出なくちゃなんないんだと、
毎晩毎晩、帰ったら練習するわけです。
だから、何にも言う必要ない。
かんなくずだけ、見本に置いとけばいい。
小川三夫(宮大工)
29
「宇宙へ行こう!」と思っているのは
コンピュータじゃなくて人間ですし、
ロケットも
「人間の気持ち」が飛ばしているんです。
星出彰彦(宇宙飛行士)
30
手術をしました。
6 ヵ月はかかるそうです。
そんな手術をした理由はもう単純で、
ただ、ボールが投げたい。
それだけなんですよ。
田口壮(元プロ野球選手)
31
何回も編み直したんです。
でも、それがよかったのかもしれないです。
ほどいて編み直すことで、
すこしずつ、やわらかくなるんですよ。
触ってあげるほど、よくなるんです。
タカモリ・トモコ(あみぐるみ作家)
32
わからないことが、ひとつわかっても
その先に、ふたつくらい、
またわかんないことが出てくる。
それをまた、知りたくなっちゃう。
そうやって 46 年も続いちゃったねぇ、サメの研究。
仲谷一宏(サメ博士)
33
失敗の山のなかから
だんだん自分ができていったんだから、
何回かの失敗はさせてあげてもいいんじゃないかな。
大貫妙子(ミュージシャン)
34
いつも「失敗した」と思うから
次に行くんや。
失敗は失敗だけで終わらしたらあかんやろ。
今度挽回しよう、今度挽回しようって、
挽回、挽回、挽回で生きてるねん。
綾戸智恵(ジャズシンガー)
35
絵がうまくないからといって
漫画家をあきらめてしまうのはまだ早いと思います。
上手くなりたいとまったく思わずにやってきたオレでも
こうして多少は上手くなりましたから。
和田ラヂヲ(ギャグ漫画家)
36
「奴隷労働的」になってしまう人は
「目先の仕事」を「最高のクオリティに仕上げる」
ことばかりに集中していて、
「本当にやるべきこと」へ注力しない。
だから、結果につながらないんです。
安宅和人(Yahoo Japan 最高戦略責任者)
37
おばあちゃんだって、
はたらきたいんです。
自分がはたらいて評価され、
社会とつながっていると感じることがすごく大事なんです。
高齢者でも出番さえあれば、
「こんなに楽しいことはない」って。
横石知二(いろどり社長)
38
「次もあいつと仕事がしたい」
と言わせよう。
それが、ずっと前から、わたしのモットーでした。
岩田聡(任天堂株式会社代表取締役)
39
これ以上、開発の余地はあるのか
という質問でしたら、ぼくは、あると思っています。
もっと手軽にとか、もっと便利に、もっと快適に……
みたいなイメージで考えていくと、
まだ「この先の糊」って、あると思うんです。
田中茂一(コクヨS&T 株式会社)
40
動いたんですよ!
それまで動かなかったオートバイが。
私は84歳になりますが、
あのときの、ドキドキしていた 13 歳の私から、
ずっと、変わっていない気がします。
ウィリー・ヤンセン(メカニック)
41
笑って生きたいなと思ってます。
そりゃつらいこともありますけど、
笑顔でいれば、あとで強くなれると思う。
だから、悲しいときも、泣いてるときも、
いろんなことが台無しになっても、
泣いてるときも、笑顔で。
ジョニー・ウィアー(フィギュアスケート選手)
42
「文字」というのは
人に何かを伝えるための、「祈り」をこめた……
「絶体絶命」みたいなところがあります。
むかしの侍の手紙がやっぱり、すごいですよね。
「絶対に届け!」という
おそろしいほどの「気魄」を感じますから。
浅葉克己(アートディレクター)
http://www.1101.com/tsuchiyakoichi_interview/2013-05-29.html
43
「映画は、つくれるんだ!」
70 年代くらいに、
手作りな感じのするインディーズ映画を観て
「映画も人間がつくっているんだ」ということに
気づいたんです。
「映画は、つくれるんだ!」
岩井俊二(映画監督)
44
失敗したりしても、
ファンのみなさまは、許してくださるところがありますし、
挽回できる「次」があります。
だけど、「どうでもいい」と思ってる人たちは、
「前川ヘタだったよ」「あー、おもしろくなかった」
このひと言でおしまいです。これがいちばん怖いです。
前川清(歌手)
45
道路を歩くとき、
地下鉄の構内を歩くとき、
ギターを弾いてる人の前を通ります。
あるいは、ジャグリングをやってる人の前を通り過ぎます。
もしくは、募金を集めている人の前を。
そのとき、私は必ずお金をあげます。なぜなら、
私はかつてそこにいたから。私は、そこから来たんです。
ジル・サンクロワ(シルク・ドゥ・ソレイユ創立メンバーのひとり)
https://www.1101.com/cirque_du_soleil/gilles2011/2011-10-12.html
46
アイデアというものは
探し出して、見つけるものだ。
時として時間をかけて、また、汗水たらして。
それは「脳味噌を絞る」ことを要求するのだ。
レイモン・サヴィニャック(ポスター作家)
47
大抵の場合は
「やめよう」となります。
真剣にリスクを分析したら。
リスクは計算できますが成功は計算できないので。
でも「やる!」と言いきってしまうことの
大切さって、あると思います。
有吉伸人(NHK チーフプロデューサー)
48
小節でも、映画でも、
読んでる最中、観てる最中がおもしろければいいって
信念があるんですよね、ぼくには。
主義主張、哲理思想、文学真理、
そんな大仰なものは、まあいらない。
とにかく、ページをめくる指が止まらない……。
京極夏彦(小説家)
49
若さっていいよな。
若い人たちが、ほんとに素直に 100 パーセント、
今、自分が若いことのすごさを理解できたら、
もっといろんな仕事ができるのにって思うんです。
でも、それがむずかしいんですよね。
河原成美(博多一風堂店主)
50
「作文の秘訣を一言でいえば、
自分にしか書けないことを、
誰にでもわかる文章で書くということだけです」
もう、これがすべてだと思いました。
すべての基本が、ここにある。
寄藤文平(アートディレクター)
51
もちろん、
ピクサーの仕事は真剣にやります。
でも、遊びというか、趣味というか、
「ただ好きでやっていること」も真剣にやらないと。
仕事だけじゃダメなんです。
堤大介(PIXAR アートディレクター)
52
「ネアカ元気でへこたれず」
って言葉があんねんけどね。
やっぱり明るい気持ちでないと。
暗いものって、へこたれてしまうんです。
笑福亭鶴瓶(落語家)
53
死にたくないから歌うんだよ。
矢沢知ってる? ブルース・スプリングスティーンが大々的 にツアーやるんだって。ストーンズなんかも世界ツアーやってるし。あれ、なんでだと思う? もうね、彼ら、お金でやってないから。 糸井そうだね。 矢沢たぶんね、命のためにやってるんだよ。死にたくないからやってるの。死ぬっていうのは、なにも、ほんとに死んじゃうことじゃなくて、こころが腐って死ぬもあれば、やることなくて死んじゃうのもあるよね。 糸井鳥だったら、翼、動かしてないとね。 矢沢だから、死にたくないから歌うんだよ。
矢沢永吉
54
60 代のときの私は
永遠に生きると思っていました。
ジャレド・ダイヤモンド(生理学者)
55
ここは天国かと。
はじめてコクピットに座ったフライトで
薄暗いところから、
とつぜん、雲の上へズボッと出たときに
そう、思ったんです。
敦澤芳晴(パイロット)
56
若いころは、中華料理屋に行っても
これは値段が高いとか、
一生懸命、気にしながらやってましたよ。
自分で稼げるようになってから、
それを気にしなくてよくなったことが
すごく嬉しかったですね。
赤瀬川原平(画家・芸術家)
57
新しいマーケットに
チャレンジするときは
もちろんリスクがあります。
けれども、私たちのショーは非常にユニークで、
オリジナリティあふれるものでした。
自分たちのショーを信じていれば、自然と勇気が湧いてきますし、同時に、そこへ飛び込むということに喜びを感じることさえ、できるようになります。
ギー・ラリベルテ(シルク・ドゥ・ソレイユ総帥)
https://www.1101.com/cirque_du_soleil/guy_laliberte/2010-01-21.html
58
「失笑される」ことしか、
ありませんでした。
猿岩石時代から、ずうっとそうです。
「笑い」といえばそれが基本。
でも、爆笑をとったあのとき
「こういうのが、お笑いなんだなぁ」とわかったんです。
有吉弘行(お笑い芸人)
59
自主映画のままで終わっても
一生、映画をつくり続けるって決めた。
このまま商業的な映画を撮れなかったとしても
とにかく続けて、映画をつくると。
決めたら、だいじょうぶになったんです。
荻上直子(映画監督)
60
幼稚園のころからやってたことを
まだやってる。
ほんとにね、マンガ家とか、
いろいろものを書く仕事になれたことが、
いまだに嬉しいんです。
さくらももこ(漫画家)
61
小学生のときからの
「なんか描いて」からはじまって
やっとお金をもらえる立場になったんだなぁと
当時、すごく思いましたね。
荒井良二(絵本作家)
62
ミナ ペルホネンをはじめるにあたり
かけもちというんでしょうか、朝からお昼までは魚市場でマグロをさばいていまして、午後からミシンで洋服を縫っていました。マグロですから 70 キロ、80 キロはあるんです。
それを毎日のように解体して、トラックでお寿司屋さんに持っていって。終わると、ゴム長とゴムのエプロンをほどいて、お昼ご飯を食べて、ミシンをかけはじめる。
皆川明(ミナ ペルホネン)
63
「この飛行機は大丈夫だ」
整備した私たちが、そうサインしてパイロットに渡します。
そして、パイロットが
「なるほど、たしかにこの機は大丈夫だ」と確認できたら、
彼らもサインをする。
そうすることで、飛行機は飛んでいく。
そうすることで、飛行機は、私たちの責任で飛んでいくんです。
加古聖子(航空整備士)
64
いいことを言う人、
間違ったことを言う人、何も言わない人がいます。
何も言わない人は、いちばんダメ。
いいことを言う人が 2 番目にダメ。
間違ったことを言う人、これを私は評価します。
原田泳幸(日本マクドナルド社長)
65
「信頼」だと思います。
Hubspotという会社の文化の根本にあるのは。
ふつうの会社の「会社と社員の関係」が
お母さんと子どもみたいに、
「面倒みるから、ちゃんとやんなさいよ」という感じだとすると、
Hubspotは、横に並んだ同僚っていう感じ。
ブライアン・ハリガン(Hubspot 社長)
66
企業の目的として有効な定義は
一つしかない。
すなわち、顧客の創造である。
ピーター・F・ドラッカー(社会生態学者 /『現代の経営』より)
67
立ち上がろうと決めたのは
支援されっぱなしは我慢できないから。
俺たちが復興するのは、生きる誇りでもあるんです。
河野通洋(八木澤商店)
https://www.1101.com/tohoku_shigoto/yagisawa/2011-09-30.html
68
一枚の絵で
いくどとない失敗に出会います。
横尾忠則(画家)
69
会心の訳なんて
一冊にひとつ、あるかどうかです。
池田真紀子(翻訳家)
70
全国紙で
「特捜部まわり」をしたあとに
主夫となり、育児をしてみると乳幼児を抱えるお母さんというのは特捜部まわりの新聞記者と同じくらい大変でした。
まず、自分の時間が、まったくない。事件や同業他社同様、子どもは、こっちの都合をかまってくれない。特ダネ競争に付き合わざるを得ないように子どもの起きている間は、付き合わざるを得ない。
事件の終わりが見えないのと同様、この子が、いつ寝てくれるかは、わからない……。
荒木源(主夫、作家)
71
おもしろくなきゃ、こまるわけよ!
瀬谷>伊丹さんが『タンポポ』をつくるときに、赤坂の蕎麦屋に呼ばれたわけ。糸井>うん。浦谷>で、こんど『タンポポ』っていう映画をやるから、そのメイキングを撮ってほしいと……。糸井>うれしかったでしょう?浦谷>もちろん、うれしかったですよね。でも、ぼくはさ、そのときに、「ありがとうございます。わかりました」って言ったんだけど……。糸井>言ったんだけど?浦谷>「われわれ、本編よりもおもしろいものを撮ってしまいがちなんですけど、いいですか?」って聞いたんです、伊丹さんに。糸井>……すごいねぇ!浦谷>だって、当時のぼくたちは映画という……つまりフィクションよりもさ、ドキュメンタリーのほうがだんぜんおもしろいんだって信念を持って、テレビマンユニオンをやってたわけだから。糸井>ええ、ええ、はぁ……。そしたら?浦谷>伊丹十三は「もちろん、いいよ」って言うわけ。それはもう、ハッキリと言ったんだ。糸井>それを言う伊丹さんもすごいね。浦谷>「というか、おもしろくなきゃ、こまるわけよ!」「本編とメイキングは、おもしろさの質がちがうんだからさ」だって。つくづく、こういう人っていないよなあと思ったね。
浦谷年良(テレビマンユニオン取締役)
72
チームプレーだけでは
なかなかいいチームはできないし、
個人技というだけでもダメでしょう。しかしプロである以上、
やっぱり、高い個人技を持った人が集まらないと、
いいチームにならないということはあります。
やっぱり、基本的には個人技がないと。
原辰徳(読売巨人軍監督)
73
『エースをねらえ!』では
観客席のキャラクターが「紫色」だったことがあるんです。
でも、ぜんぜん気にならない。
つまり「強調」と「省略」を色彩でも
表現しているんですよね。そのことにビックリしつつ、
同時に「なんてカッコイイんだ!」って思いました。
中村健治(アニメーション監督)
74
お直ししてでも
着たい服があるというのは幸せなことだ。
お直ししてでも着たいと
思わせる服をつくった人もまた幸せだ。
ひっそりとその間をつなぐ
名誉な仕事をあたしはしている。
横尾香央留(刺繍やニットを用いてお直しをする人)
75
もうひとつ上の頸椎を
損傷していたら、声も出なかったんだって。
だから「歌」は、神様が俺に一個だけ残してくれた
「希望」なんだと思う。
だから、歌ってるのかもしれない。
奥野敦士(ミュージシャン)
76
仕事とは何ぞや。
それは「人が喜んでくれるもの」なんだってことに
この歳になってね、改めて気付かされました。
田村滿(高田自動車学校所長)
77
誰でもできるような仕事を
与えられたら
そのときこそ、
「誰にもできない仕事にしてやろう」と思いなさい。
ジョージさん(新宿2丁目のほがらかな人)
78
宮崎駿は
電車に乗っていても、たとえば、隣で女子高生が
しゃべっていると、すぐに、指折り数えはじめるんです。
何をしているのかというと、ひとつの単語、ひとつのセリフを「何秒でしゃべっているのか」計算しているんです。
それによって、女子高生の言葉や「現代というもの」を
つかまえるんです。あの人は、つねに「観察」しています。
鈴木敏夫(映画プロデューサー)
79
最後、決めるのは「目」や。
いくら寸法的に合うてるいうても、
屋根が引っ込んで見えよったら、あかんことや。
だから最後は、人間の目の感覚や。
朝比奈秀雄(株式会社三角屋)
80
「アーティストの安全」です。
シルク・ドゥ・ソレイユの衣装の仕事で
いちばん大切なことは。
ボタンがひとつなくなっているだけで、
命にかかわることになります。
ぼくらは彼らの命も守っているんです。
シルク・ドゥ・ソレイユ衣装スタッフ
81
がんばってできるものは、
ぜんぜん大変じゃない。
やればできるものは、やればできるんだからね。
井上嗣也(アートディレクター)
82
北方謙三、逢坂剛、
船戸与一、志水辰夫……
人によって、売れていった時期はちがうけど、
読者がついてようがいまいが
「お前の書いてるもの、くだらないよ」とか、
「お前の書いてるもの、つまんないよ」とか、
仲間にだけは、言われたくなかった。
大沢在昌(作家)
83
オレ、「36 社」落ちてんだもん。
代理店からプロダクションから印刷屋から、
「コピー」と書いてあったら片っ端から履歴書を
出したんだけど、全滅。このままじゃ一生受からんと思って
新聞の全面広告のコピー部分を消して自分のコピーを
でっかく書いて送ったら、一発で。やっぱり、
仕事を獲ってくるには「アイディア」が必要だってことだよ。
仲畑貴志(コピーライター)
https://www.1101.com/tsuchiyakoichi_interview/2013-05-17.html
84
やっぱり、ぼくたち写真家は
世界に対して
いかに「驚き続けられるか」だと思うんです。
石川直樹(写真家)
85
さんまさんは
中ひとりでいるとき、思いついたことを、
大きなノートにメモしていますよね。
そういうことをしている姿は、
人に見られたくはないでしょうけれども。
三宅恵介(フジテレビ エグゼクティブ・ディレクター)
86
「炊飯器」かなぁ……
いろいろ大変だったのは。
基本的に、手で触れるものなら何でも動かすんですが、
そのときは、業務用のデッカイお釜が
昼間の公園を「歩きたい」って言うんですよ。
峰岸裕和(ストップモーション・アニメーター)
87
「なんで 8 時間も
こうやって座っとれるのかなぁ?」
絵が好きというよりも、
自分が座っていられることに驚きました。
学校のテストの 40 分間でも、じっと座っとけなかったのに。
ジミー大西(画家)
88
こうだと思ったら、
思い切ってやりなさい。
それで間違えたって構わない。大丈夫。
どんどんやりなさい。
きみの失敗くらいで、経営は揺るがないから。
木川眞(ヤマトホールディングス株式会社 代表取締役社長)
89
ディズニーが
「絵を描かない」と決めたことは
すごかった、とぼくは思います。
なぜならそのことによって、
ディズニー自身が「自分で描いていることの狭さ」
から脱出できたのですから。
高畑勲(スタジオジブリ 映画監督)
90
この窓ガラス、
もう生産してないんです。
だから、割れちゃったら、何十年もの時間が
パーになっちゃう。逆に言えば、これまで何十年もの間、
何家族、何十人もの人たちが
割らずに大事にしてきてくれたから、
このガラスはいま、ここにはまってるんです。
千葉敬介(団地を愛する不動産屋)
91
「ピンチはチャンス」で
「失敗はぜんぶおいしい。ウケるから」
そういう思考回路になっていくと
たいていの失敗は、落ち込まなくて済むんですよ。
渡辺琢(フジテレビ バラエティ番組ディレクター)
92
『世界ふしぎ発見』のトップ賞も
『徹子の部屋』で着た衣装と一緒に
バザーに出していたんです。だけど、この何年間は
トップ賞がもらえないシステムになっていたの。
でも、先週くらいからまたトップ賞がもらえることになって、
何とか、トップ賞を稼ぐことができそうです。
「青少年と共に歩む会」というんですけどそこへ出すために、
絶対トップ賞をもらおうと思って、いつも必死です。
黒柳徹子
93
どんなアイディアにも、
失敗する可能性がある。
だから、つねに完璧を目指すのではなく、
5 パーセントは大目に見ること。
これを、100 パーセントに近づけようとすると、
リスク管理に膨大なエネルギーを割くことになって、
とたんにパフォーマンスが下がってしまいます。
西條剛央(ふんばろう東日本支援プロジェクト代表)
94
「いったいデザインって
何なんだろうか」
ってことを、つねに考え続けているんです。
「でも、それが醍醐味なんだぞ」って
若いデザイナーに伝えたいですね。
佐藤卓(グラフィック・デザイナー)
95
「みうら、
今度スライドショーあるだろ」
「はい」
「機嫌よくやんなきゃなんないんだからな!」
糸井さんは、そうおっしゃいました。
すごく驚きました。
そうだ、オレは機嫌よくやんなきゃいけない。
みうらじゅん(イラストレーター)
96
「何をもって、憶えられたいか」
ドラッカーは、いつもそう自分に問い直します。
友だちや、知り合いや、昔の同級生や、
妻や子どもや孫なんかに
「何をもって、憶えられたいか」って、
それは、誰しも考えることができるでしょう?
上田惇生(翻訳家)
97
技術とは、
磨くほど透明になるもの。
たとえば、タオルがビニール袋に入れられて売られていたとします。ビニール袋の「透明度」が高ければ高いほど、タオルのようすが、よく見えますね。でも、もしビニール袋が中途半端に「不透明」だったとしたら?「何が入ってるんだろう、これは。見えそうで、見えない。やわらかいから、毛糸のパンツか何かかな。もうちょっと中身の見える袋にすればいいのにな。あ、でもこの袋、恥ずかしいもの入れるのに使えそうかも」とかなんとかですね、意識が、別の方向へ飛んでしまうんです。つまり「つくり手の意図するところ」へ「見る人を、すうーっと直に導いてくれるもの」が「技術」なのではないか、と。
山口晃(画家)
98
十年間、毎日ずうっとやって
もしそれでモノにならなかったら、俺の首やるよ。
吉本隆明(詩人・思想家)
99
Learn as if you will Live Forever,
Live as if you will Die Tomorrow.
永遠に生きるかのように学べ。
明日死ぬかのように生きろ。
マハトマ・ガンジー